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「老人よ、子孫に人としての道を教えよ 街宣 in 草津」開催の報告
わしが反日ハンター・神功 正毅(じんぐう まさたけ)ぢゃ。
「老人よ、子孫に人としての道を教えよ 街宣 in 草津」開催のお知らせ
で告知したとおり、9月20日(月、祝)16:00~17:00にJR草津駅東口2F連絡通路で
「老人よ、子孫に人としての道を教えよ 街宣 in  草津」を行った。


わしがまず最初に終戦直後の焼け野原と化した日本を世界第二位の経済大国になるまで物質的に豊かにしてくれたことに感謝の意を述べた。
次に旧敬老の日である9月15日に何があったか?
昭和17年の同月同日に
帝国海軍の「イ19」が米空母ワスプを撃沈し、そのほかに戦艦1隻と駆逐艦1隻を損傷させたこと。













昭和19年の同月同日に
アメリカ海兵隊2万8千人が日本軍1万1千人の立てこもるペリリュー島に上陸したこと。
対する日本軍は「2,3日で陥落させる」と豪語したアメリカ軍に対して2か月半持ちこたえ、アメリカ軍に1万1千人の損害を与えたこと。



日本軍守備隊がペリリュー島民を別の島に避難させるためにあえて厳しい言葉で島民の戦闘への協力を拒んだこと。

アメリカ軍を相手に勇戦敢闘し、散って行った日本軍を称える歌をペリリュー島民が作ったこと。

ペリリュー島が属するパラオ共和国が国旗を日章旗に似せた図案にしたこと。

パラオ国旗



日本が大東亜戦争で欧米の勢力を一掃したことで独立のきっかけをつかんだアジア・アフリカの人々が日本に捧げた感謝の言葉

トモ(インドネシア元情報相)
日本軍が米・蘭・仏を我々の面前で徹底的に打ちのめしてくれた。我々は白人の弱体と醜態ぶりをみてアジア人全部が自信をもち、独立は近いと知った。一度持った自信は決して崩壊しない。そもそも大東亜戦争は我々の戦争であり、我々がやらねばならなかった。そして実は我々の力でやりたかった。

 
アジス(マレーシア・マラヤ大学副学長)
私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声を上げました。敗れて逃げてゆくイギリス軍を見たときに、今まで感じたことのない興奮を覚えました。日本軍は永い間アジア各国を植民地として支配していた西欧の勢力を追い払い、とても白人には勝てないとあきらめていたアジアの民族に、驚異の感動と自信を与えてくれました
 
モハマド(マレーシア外務省情報センター所長)
これまで独立なんて考えたこともなかったので、徐々に植民地にされたのですが、日本の軍政下で反植民地主義に目覚めたのでした。民族意識は若者に影響を与え、彼らはもはや怠けてはいませんでした。皆、立ち上がったのです。これまでになかった大変貴重な3年と8ヶ月の経験でした。
 
ノンチック(元マレーシア上院議員)
私たちは、マレー半島を進撃してゆく日本軍に歓呼の声をあげました。敗れて逃げてゆく英軍を見た時に今まで感じたことのない興奮を覚えました。しかもマレーシアを占領した日本軍は日本の植民地としないで将来のそれぞれの国の独立と発展の為に、それぞれの民族の国語を普及させ青少年の教育をおこなってくれたのです。
 
 
シャフィー(元マレーシア外務大臣)
とくに私が惜しいと思うのは、日本くらいアジアのために尽くした国はないのに、それを日本の政治家が否定することだ、責任感をもった政治家だったら、次のように言うだろう。「その頃、アジア諸国はほとんど欧米の植民地になっていて、独立国はないに等しかった。日本軍は、その欧米の勢力を追い払ったのだ。それに対して、ゲリラやテロで歯向かってきたら、治安を守るために弾圧するのは当然でないか。諸君らは何十年何百年にわたって彼らからどんなひどい仕打ちを受けたか忘れたのか?日本軍が進撃した時にはあんなに歓呼して迎えながら、負けたら自分のことは棚に上げて責任をすべて日本にかぶせてしまう。そのアジア人のことなかれ主義が、欧米の植民地から脱却できなかった原因ではないか。
 
アビディーン(マレーシアの歴史学者)
日本軍政は東南アジアの中で最も政治的意識が遅れていたマレー人に、その種を播き、成長を促進させ、マラヤにおける民族主義の台頭と発展に大きな触媒の役割を果たした。
 
サイデマン(インドネシア外務省上級大使)
2次大戦中、あるいはその直後、植民地の独立のために、外国の人々が力を貸してくれるということが見られました。私の国インドネシアの場合、多くの日本の青年たちがインドネシアを自由にするために独立の闘士たちと肩を並べて戦ってくれました。そして多くの日本の青年がそのために命を捧げてくれました。今日このアジア共生の祭典において、私たちの独立のために命を捧げてくれたこれらすべての若者たちを偲びたいと思います。
ジュニアス・リチャード・ジャヤワルデネ(スリランカ大統領)
なぜアジアの人々が日本が自由であることを熱望するのか。それは、我々は日本と長い年月にわたる関係があるためであり、これらアジアの人たちが日本に対して抱く高い敬意の表れであるからである。日本だけがアジア諸国のなかで強力であり、自由であったし、また我々は指導者及び友人として日本を信頼しているからである。
ラビンドラナート・タゴール(インドの詩人)
「日本はアジアのなかに希望をもたらした。われわれはこの日出ずる国に感謝を捧げるとともに、日本には果たしてもらうべき東洋の使命がある。日本の偉大な理想がすべての人に顕現するようにしようではないか。」


を伝え、祖国のため、アジア解放のために戦った自分たちの父、叔父、兄弟の偉大なる業績を子孫たちに語り継ぐよう伝えた。

次に運営の相原君が在日特権の数々、民主党の売国政策などについて話した。

その次にわしが7月24日の街宣で言い忘れていたアナログ停波まであと1年を切ったこと、これを機会にテレビが本当に必要かを考えていらなければテレビを捨ててNHKの受信契約を破棄すること。
また、ダンシングババア@本願寺のブログで知った「君が代斉唱問題」で高校の校長を自殺に追いやった広教祖が今日では「君が代不起立教師」を集会場から締めださざるを得ないところまで追い詰められていることを紹介して捏造報道、反日教育、売国政策、在日特権の排除などが決して不可能ではないことを伝えた。

最後に相原君のあいさつで集会を締めた。


初めて土日ではない祝日に街宣を行ったためか、また、今回の活動の目的が他の憂国派への訴求力に乏しかったためか、集まった人数は4人に終わった。

だが、前回の街宣では我々を遠巻きに見る人ばかりだったが、今回は近くまで寄ってくれる人が大勢いた。
特に高校生の集団が興味ありげに我々に近寄って来たのが印象に残った。
そして、街宣終了後、近くで街宣していた民主党運動員の表敬訪問を受けた。
我々の活動が市民、特に若い世代や我々、いや日本の敵である民主党にも注目されつつあるとわしは感じた。

今回は残念なことに撮影が入らなかった。
今後は滋賀支部独自の撮影、You Tubeやニコニコ動画へのアップロードの態勢を整えることにしよう。

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【2010年09月25日21:03 】 | 未選択 | コメント(0) | トラックバック(0)
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